共同で場を動かす

「共創」という言葉は魅力的ですが、それだけでは現場は動きません。
場を共同で動かすことは、全員が同じ立場で同じように関わることではありません。そこには、素材や関心を拾い上げ、つなぎ、判断する複数の役割がありました。
共創は理念というより、編集と分担の技術として現れていました。

共同で場を動かすことは、役割を曖昧にすることではない

DanceSyndrome では、複数のダンスアーティストが定期的なミーティングで各回の情報や流れを確認しながら、進行やサポートを分担していました。
そこでは「みんなでやる」ことが、責任をぼかすのではなく、各自の役割を明確にし、場の一貫性を保つ方法として機能していました。

“That’s us being that co-deliverer but as a support role rather than me feeling like I need to have my name on the piece or whatever.”
「私たちは co-deliverer ではあるけれど、前に出るためではなく、支える役割としてそこにいます。

自分の名前を作品に刻むことが目的ではありません。」
—— David Darcy, DanceSyndrome

呼び名には、関係の置き方があらわれる

David が使っていた co-deliverer という言葉が示すように、共同で場を動かす実践では、役割をどう呼ぶかも重要になります。「講師」「参加者」「補助者」といった大まかな呼び方だけでは、誰がどのように場に関わり、どんな力を持っているのかが見えにくくなるからです。

DanceSyndrome では、dance artist と dance leader という役割が置かれています。dance artist は、セッション全体の流れや創作を組み立てる専門的な立場であり、dance leader は、知的障がいのある当事者として、自身の経験や関心をもとに場をともに導く存在です。ここでは、障がいのある人を単に「参加する人」としてだけ見るのではなく、場を動かす力を持つ人として位置づけています。

icandance の dance partner という呼び方も印象的でした。大人は子どもを一方的に導く指導者ではなく、相手の動きを受け取り、なぞり、身体を通して一対一の関係をつくる存在として置かれています。そこでは、子どもは支援される対象である以前に、関係を結ぶ相手であり、動きによって場に働きかける主体でもあります。

Stopgap の access worker や access artist も、単なる補助者ではありません。アクセシビリティは誰かのために付け足す特別な配慮ではなく、働き方や創作の条件、作品の届き方を変えるものとして扱われています。だからこそ、その役割にも名前が与えられているのです。

呼び名は、肩書きを増やすためのものではありません。

その人を、どのような立場で場に迎えるのか。誰の動きや声を、場を動かす力として受け取るのか。呼び名は、そうした関係の置き方を、場の中で見えるようにするものでもあります。

共創には、拾い上げ、残す編集が必要である

AMICI は即興から始め、その中で際立って見える動きや、キャラクターの気配を拾い上げながら、少しずつシーンへと発展させていきます。
Magpie Dance でも、創作の入口ではさまざまな問いやアイデアがひらかれます。しかし、出てきたものがすべてそのまま作品になるわけではありません。スタッフとダンサーが実際に試しながら、何が場面として機能するのか、何を残し、何を手放すのかを見極めていきます。
共創とは、素材を開くことだけでなく、何を残し、どうつなぐかを判断することでもあります。

“We do an improvisation and something’s very strong, it’s very striking … and then we might take that bit out. It’s quite an organic process, really.”
「即興をして、その中で何か強く響くもの、際立つものがあれば、その部分を拾い上げます。そうやって進んでいく、とても有機的なプロセスなんです。」

—— Elaine Thomas, AMICI Dance Theatre Company

“If there are so many ideas, how do you decide? You try it all out. And actually, if it works, we keep it; if not, we leave it.”
「アイデアがたくさん出てきたら、どう決めるのか。とにかく全部やってみるんです。実際にやってみて、うまく機能するものは残すし、そうでなければ手放します。」

—— Amy Lovelock, Magpie Dance

“本人の声”は、支えられて作品になる

Magpie Dance の実践で強いのは、ダンサー自身の「声」や、生きてきた経験が作品の中心に置かれていることです。
ただ、それは経験をそのままの形で舞台に乗せることではありません。
リサーチをすること、対話を重ねること、観客に作品の背景を伝えること、語る内容や距離感の境界を確認すること、安全と尊厳を守る仕組みを整えること。
そうした支えがあって初めて、「語ること」は舞台上の形を持ちます。
本人の声を尊重することは、「本人に語ってもらう」だけで終わるものではありません。その声や経験が、作品として観客に届くまでの構造を支えることでもあります。

■ 見えてきたこと

DanceSyndrome の “iCreate” では、ダンサーたちの「振付にも関わってみたい」という関心や意欲を出発点に、少人数で実際に振付作業を試す機会をつくっていました。
大切なのは、関心を聞き取るだけで終わらせず、それを実際に試せる場へとつなげていたことです。
こうした実践が示しているのは、共創は「参加者に委ねれば自然に成立するもの」ではないということです。関心を受け止める人、創作の種を拾い上げる人、それを次へつなぐ人、作品として編集する人。そうした複数の役割が重なることで、共創は初めて形を持つ共同作業になります。

■ 現場に戻って考える

いま自分たちが「共創」と呼んでいる場では、誰が支え、誰がそこで生まれた素材や関心の種を拾い上げ、誰がつなぎ、誰が編集し、誰が決めているでしょうか。
その役割は、十分に見えているでしょうか。