リーダーシップと時間

インクルーシブな実践に必要なのは、包容力のあるリーダーでしょうか。
それとも、強いビジョンを持つ一人の芸術監督でしょうか。
英国の実践から見えてきたリーダーシップは、誰が決めるのか、どこで相談するのか、どこに時間を確保するのかという構造の問題でした。
問われていたのは個人の資質以上に、判断と継承をどう編成するかでした。

リーダーシップは、一人の顔ではなく構造である

Candoco がいま問い直しているのは、障がいのある人が舞台に立つことだけではなく、その組織が誰の声で方向づけられているかという問題です。
一人の芸術監督が作品やカンパニーの方向を決めるのではなく、必要な判断のたびに「判断の場(assembly)」をつくり、アーティスティック・ディレクションを分散させようとしていることは、インクルーシブであることを作品の内容だけでなく、意思決定の構造にまで広げて考えていることを示しています。
つまりリーダーシップとは、「誰が顔になるか」だけではなく、誰に決定権があり、それがどう分配されるかの問題でもあります。

“We’re going to have a distributed artistic direction. We’re going to form an assembly every time we need to make a curatorial decision.”
「私たちは、アーティスティック・ディレクションを分散型にしていくつもりです。キュレーション上の判断が必要になるたびに、そのための判断の場をつくります。」

—— Melanie Precious, Candoco Dance Company

時間はコストではなく、実践の条件である

Stopgap の継続的なカンパニークラス、DanceSyndrome の長めに取られたリハーサル期間、AMICI が積み重ねてきた長い時間。
いずれも、時間を要することを弱点とせず、むしろ時間をかけること自体を実践の条件としていました。
動きが身体に馴染むこと。関係が育つこと。次の役割が見えてくること。そのどれもが、短期プロジェクトの速度とは別のテンポを必要としています。
だから時間は、運営上の贅沢ではなく、共同作業と表現の質を支える前提条件になります。

“When working with people with learning disabilities, we know that time is really important. So we need a longer rehearsal period.”
「知的障害※のある人たちと仕事をするときには、時間が本当に重要です。だからこそ、リハーサル期間を長く取る必要があります。」

—— Sophie Tickle, DanceSyndrome

※ここでの learning disability は、英国では主に知的障害を指す語として使われ、日本語の「学習障害」とは一致しません。

継承とは、理念を守ることではなく、条件を守ることである

AMICI が創設者亡きあとに急いで方法を固定化しなかったこと、Candoco が自分たちを「創設者」ではなく、カンパニーを預かる立場として捉えていたことは象徴的でした。
大切なのは、過去の形をそのまま保存することではありません。
その場にとって何が本質なのかを見極め、時代や環境に応じて外形を変えながら、実践が立ち上がるための条件を守ることです。
AMICI にとっては、ともにあることや、出演者の即興から創作が始まること。
Candoco にとっては、長い歴史を引き受けながら、現在の文脈に合わせて組織や意思決定の形を更新していくこと。
継承とは、やり方を固定することではなく、核となる条件を残しながら、それを次の環境で活きる形へ移していくことです。

“We are stewards, we are the custodians of the company, we are not the founders.”
「私たちは、このカンパニーを預かる立場にあるのであって、創設者ではありません。」

—— Lucie Mirkova, Candoco Dance Company

■ 見えてきたこと

Candoco は、35年続いてきたカンパニーのあり方を見直し、判断を一人に集中させない分散型の体制へ移ろうとしていました。
Stopgap では、長期雇用されたダンサーたちが継続的にカンパニークラスを重ねることで、技術や世界観が少しずつ受け渡されていきます。
DanceSyndrome では、毎週の継続プログラムと長めに取られたリハーサル期間が、関係や理解を育てるだけでなく、参加する側から、支える側、導く側、振付に関わる側へと役割を広げていくための土台にもなっていました。
ここから見えてくるのは、リーダーシップが一人のカリスマや個人の資質だけに宿るものではないということです。
誰が判断するのか、どう時間をかけるのか、どのように実践を受け渡すのか。
その編成の中にこそ、場のリーダーシップが現れていました。

■ 現場に戻って考える

いま自分たちの現場で、重要な判断は誰に集中しているでしょうか。
そして、その判断を急がずに熟させる時間は、どこに確保されているでしょうか。