長く働き、長く育てる──
一人ひとりに合わせて組み替える文化
話を聞いた人:Lucy Bennett (Co-Artistic Director), Cherie Brennan (Community Engagement Artist)
実施日:2026年3月2日
ストップギャップで見えてきたのは、
インクルーシブダンスが、
作品づくりだけではないということでした。
働くこと。
練習すること。
作品をつくること。
次の世代を育てること。
それらが、長い時間の中でつながり、
一つのカンパニー文化になっていました。
ストップギャップでは、ダンサーを長く雇います。
継続してカンパニークラスを行います。
そして、長い創作期間をもっています。
その中で、ちがう体どうしが、
動きを学び合い、伝え合う方法が育っていました。
さらに近年は、アクセシビリティを、
作品の外から足すものではなく、
作品の中に入れる考え方として扱っています。
また、若い世代が次の役割へ進むための
独自のシラバス“IRIS”もつくられていました。
ストップギャップでは、
「インクルーシブ」であることが、
考え方だけにとどまりません。
ダンサーの働き方、
稽古の続け方、
作品のつくり方、
次の世代へどう渡していくかにも表れていました。
長く働くことが、実践をつくる
Lucy が最初に話していたのは、
ストップギャップが、イギリスでも数少ない、
ダンサーを長く雇っているカンパニーだということでした。
ここでの雇用は、
ただ組織を安定させるためではありません。
作品づくりを守り、少しずつ育てていく
土台になっていました。
「私たちは、英国でも数少ない、ダンサーをフルタイムで、
しかも長い期間雇っているカンパニーだと思います。
Christian は10年、私は23年、
Chris Pavia は27年在籍しています。
週に一回集まるだけでは、実践は保てません。
週に何度かのカンパニークラスがあり、
6週間、12週間という長い創作期間があって、
そこで少しずつ実践を進化させていくのです。」
ここで大切なのは、
「長く続けている」ことだけではありません。
日々のクラスと、長い創作期間。
その積み重ねの中で、
身体の使い方や関わり方、
判断のしかたが育っていきます。
Lucy は、それを日本の職人にもたとえていました。
同じ作業を重ねながら、
少しずつ技を受け渡していくような形です。
ストップギャップにとって、
カンパニーであることは、
ただダンサーを雇うことではありません。
時間をかけて、作品の質を育てる仕組みでもありました。
「同じにする」のではなく、一人ひとりに合わせる
ストップギャップが、
自分たちの文化を語るときに使っていた言葉がありました。
それが、「一人ひとりに応じて組み替える文化」 です。
ここで大切なのは、
全員を同じにすることではありません。
その人に必要な条件で働けるように、
場や役割を変えていくことです。
「私たちはそれを、
一人ひとりに応じて組み替える文化と呼んでいます。
インクルーシブというより、
その人に必要な条件に合わせて働けるようにすることです。
Chris にはアクセスワーカーが必要で、
Hannah はツアーの時だけ必要かもしれない。
Nadenh は振付家になりたい。
そういうふうに、一人ひとりに合わせて考えています。」
この考え方は、サポートだけではありません。
振付にも表れていました。
ストップギャップでは、
振付家の動きを全員が同じ形でまねするわけではありません。
あるダンサーの動きを、
別のダンサーが自分の体で訳し直します。
「私たちは、再発明のようなことをたくさんします。
たとえば Nadenh の動きをもとにフレーズをつくり、
それを立って踊るダンサーたちが自分の体で翻訳していく。
そうすることで、ストップギャップらしいスタイルが生まれるのです。」
クラスの言葉にも、その考え方がありました。
たとえば、「床に触って」ではなく、
「今日は、自分が届くところまで下へ伸びてみて」
と伝えます。
それぞれの体によって、
届く場所や動き方がちがうことを、
最初から前提にしているからです。
大切なのは、
みんなが同じ形で動くことではありません。
ちがいを活かしたまま、一緒に踊ることです。
そのちがいが、
ストップギャップの動きの言葉になっていました。
アクセシビリティを、作品の中に組み入れる
ストップギャップの近年の大きな変化として話されていたのが、
アクセシビリティの考え方でした。
前は、作品ができたあとに、
音声ガイドや字幕を足すことが多かったそうです。
でも今は、アクセシビリティを
作品の中に組み入れる考え方へ変わっていました。
「この5年ほどで、考え方が大きく変わりました。
以前は作品をつくってから
音声ガイドや字幕をつけることが多かった。
今はアクセス・アーティストという役割を置き、
アクセシビリティの確保を
私たち自身が責任を持つ領域にしています。
そして、それは実践を革新するものでもあります。」
アクセス・アーティストは、
外から助言するだけではありません。
創作の途中から稽古場に入り、
ダンサーや振付家と一緒に作品を考えます。
たとえば、暗転を使いたいとき。
それが神経多様性のある観客にどう感じられるかを考える。
言葉を入れるなら、
それが作品の中でどのように使われるのかを考える。
観客がもっと近くで体を感じられるべきかを考える。
そうした問いが、作品の形そのものを変えていきます。
アクセシビリティは、
観客へのサービスだけではありません。
作品を広げるための創作の力にもなっていました。
参加の先に、次の役割をつくる
Cherie の話から見えてきたのは、
この文化が若い世代の育成にもつながっていることでした。
彼女の仕事の中心には、
毎週のユースカンパニーがあります。
そこには、若者と家族との長い関係があります。
「私の仕事の中心にあるのは、
若者たちと、その家族です。
大学の実習生として関わり始めた頃に11歳だった子たちが、
今では25歳、26歳になっています。
何を望んでいるのか、
何が必要なのかを聞きながら、
彼らに機会を見つけていく。
その関係が、すべての土台になっています。」
ストップギャップにとって育成とは、
短い期間の教育プログラムではありません。
その若者が、
どんな役割に進みたいのかを、
長い時間をかけて考えていくことでした。
そこで大切なのが、独自のシラバス“IRIS”です。
“IRIS” は、
参加する(Include)
応える(Respond)
つなげる(Integrate)
専門性を深める(Specialise)
という段階でつくられています。
参加することから始まり、
技術を身につけてから、
外で応用することを学び、
アーティスト、
教師、振付家などの専門的な
役割へ進む道が考えられていました。
「 “IRIS” には決まった時間軸はありません。
必要なだけ時間をかけます。
大事なのは、
若者たちが一緒に踊る方法を理解し、
動きの流れを育てていくことです。」
印象的だったのは、
「試験」という言葉ではなく、
「達成を祝う日」
という言葉を使っていたことです。
評価という言葉が不安を生むなら、
その言葉を変える。
でも、基準をなくすわけではありません。
障がいのない若者が資格や試験を通して次に進むように、
障がいのある若者にも、
経験を認められ、次へと進める
仕組みが必要だと考えていました。
ここでもストップギャップは、
「参加できること」で止まりません。
その先に、
役割、
技術、
進路、
働き方をどうつくるかまで見ていました。
■ リサーチメモ
ストップギャップが見せていたのは、
インクルーシブであることを、
一つの活動やプログラムで終わらせないことでした。
働くこと。
練習すること。
作品をつくること。
次の世代を育てること。
それらをつなぎながら、
一つのカンパニー文化として育てていました。
だれが働き続けられるのか。
だれが学びを受け渡していくのか。
若者は、その先にどこへ進めるのか。
そうした問いが、
日々の仕事や稽古、
作品づくりの中にありました。
アクセシビリティも同じです。
作品ができたあとに何かを足すのではなく、
最初から、どのような観客が
どのように受け取れるのかを考える。
その問いが入ることで、
言葉の使い方、
観客との距離、
場面のつくり方、
作品の形そのものが変わっていきます。
一人ひとりに合わせて、場や役割を組み替えること。
それは、配慮だけの話ではありません。
芸術の質と、そこで長く働き続けるための条件を、
考え直す実践でもありました。
