インタビュー | マグパイダンス

声になりにくい経験を、作品として社会に届ける

話を聞いた人:Alison Ferrao(Artistic director), Ella Fleetwood(Dance facilitator),
Amy Lovelock(Dance facilitator), Magpie dancers
実施日:2026年2月27日

マグパイダンスの作品づくりでは、
ダンサー自身の声や経験が大切にされています。
それは、作品の材料のひとつではなく、
作品の中心に置かれていました。
ここでいう「声」は、
ただ話す言葉だけではありません。

自分の経験。
家族の経験。
社会の中で受けた経験。
声をもちにくい人の思い。

そうしたことを、
対話やリサーチ、
即興(その場でつくる動き)や
振付を通して、
観客に届く作品へ変えていきます。
また、ここでいう「声」は、
言葉だけではありません。
体の動き。
表情。
距離の取り方。
触れること。
歩くこと。
不安の記憶。
怒り。
それらも、声として扱われていました。

そうした声が安心して出てくる場をつくること。
そして、それを作品として伝わる形へ編んでいくこと。
そこに、マグパイダンスの創作の大きな特徴がありました。

「声をもつこと」──声になりにくい人の存在まで受け止める

インタビューで最初に話題になったのは、
過去の作品についてでした。
ファシリテーターが、
「この作品は何についてのものだったか」
「どうやってつくったのか」
と問いかけると、ダンサーたちは、
その作品が重いテーマを扱っていたと
話してくれました。

それは、自閉症のある人たちが、
社会から遠ざけられたり、
声を出しにくかったりする現実
についての作品でした。

「自閉症の人の中には、
社会から遠ざけられていて、
外に出るのが難しい人がいます。
声を出すことも難しい。
でも、もっと外に出られるべきだと思うし、
世界から遠ざけてしまってはいけないと思うんです。」

この作品では、
自閉症当事者へのインタビューも
行われていました。
そこでは、
「閉じ込められたように感じた」
「見えない存在にされたように感じた」
という経験が語られていたそうです。

ダンサーたちは、
そのリサーチを受け取りながら、
自分の兄弟や身近な人の経験とも重ねて、
この作品が何を伝えたかったのかを話してくれました。

さらに印象的だったのは、上演の前に、
ダンサー自身が観客へ説明する時間があったことです。
「この作品は何についてのものか」を、
自分たちの言葉で伝えていました。
そこで大切にされていたテーマが、
having a voice(声をもつこと) でした。

「声をもっている人もいれば、
声をもちにくい人もいます。
私たちには声がある。
でも、ケアホームには声を持てない人たちもいて、
その人たちには助けが必要です。」

ここでいう「声」は、
話せるかどうかだけではありません。
存在が届くこと。
見てもらえること。
聞いてもらえること。

そうしたことにもつながっていました。
マグパイダンスは、
自分たちの声を大切にするだけではありません。
もっと声をもちにくい人の存在にも
目を向けていました。
そこに、この団体の作品の社会性がありました。

経験を、体のことばへ変えていく

マグパイダンスの作品づくりは、
上からテーマを決めて
進めるものではありません。
対話。
リサーチ。
日常の経験。
そこから少しずつ、
作品が立ち上がっていきます。

今つくっている作品でも、
ダンサーが質問箱から引いた問いをきっかけに、
日々の違和感や経験が話されていました。

たとえば、
「子ども扱いされること」 への違和感。
一人のダンサーがそう話すと、
他のダンサーも、
「自分にもある」
と反応しました。
そこから即興(その場でつくる動き)が始まり、
作品の素材になっていきました。

「ある人が『子ども扱いされるのが嫌だった』
と話したとき、
他の人たちも『自分にもある』
と反応しました。
そこから、そういう場面で
自分ならどうするかを即興で表現しました。
今日ご覧いただいた創作上の動きは、
すべて彼らの即興から出てきたものです。」

バスの場面も印象的でした。
知らない人が近づいてくる。
誰かが運転手と口論している。
それが怖くなる。
そうした日常の不安も、
作品の中に入っていました。

「バスで知らない人が何かしてきたら、
前の方に移動します。
安全でいるためです。
そういうことがあると、
居心地が悪くなります。」

こうした経験は、
ただの体験談として
置かれているわけではありません。

動き。
声。
音。
表情。
触れ方。
距離の変化。

そうしたものを使って、
観客に届く場面へ変えていきます。
「どのように自分の声や経験を
体の表現にしていくのか」
と聞くと、
ダンサーはこう話してくれました。

「声だけでなく、
感情を伝えることが大事です。
自分たちの見方や気持ちを
表に出すことで、
観客に考えるきっかけを渡せる。
世界がどうすれば
もっと人に優しくなれるのかを、
観客にも考えてほしいのです。」

マグパイダンスの創作は、
経験を話して終わりではありません。
その経験を、
どのように体のことばへ変えるか。
どのように観客に届けるか。
そこまで考えられていました。

安全や尊厳を守ることは、語るための土台になる

もう一つ大切にされていたことは、
安全・尊厳・境界線が、
作品づくりの外に
置かれていなかったことです。

特に年齢の高いグループでは、
自分の境界線を知ること。
それが守られないと、
何が起こってしまうかを話すこと。
各部屋にボランティアがいること。
安全のための方針を確認すること。
これらが、当たり前のことになっていました。

これは、ただのリスク管理ではありません。
ダンサー自身が、
自分の安全や境界を考えることにも
つながっていました。
そのことについて聞くと、
ダンサーは短くこう答えました。
「それは、声をもつことに関わっています。」

マグパイダンスでは、安全や尊厳を守ることは、
管理されるための仕組みではありません。
自分自身や家族のしんどさ。
社会の中で受けた扱い。
怖かった経験。
怒り。

そうしたことを作品にするためには、
安心と境界線が必要でした。
スタッフもこう話していました。

「安全な場を保つには、
ファシリテーターがその場で
どのように立ち、
どにように反応するかが
とても大事です。
一人ひとりちがうので、
その瞬間に何が必要かによって、
声のかけ方や距離の取り方も変わります。
長く一緒に働いてきたからこそ、
もう少し押せるときと、
引くべきときが分かるのです。」

安全は、
自由を止めるものではありません。
安心して語ること。
近づくこと。
離れること。
他の人と関わること。
その土台になっていました。

声を聞き、試し、作品へ形にしていく

マグパイダンスの作品づくりでは、
ダンサーの声を大切にしています。
でも、出てきたことを、
そのまま並べるだけでは終わりません。

ファシリテーターは、
準備をして場に入ります。
レッスンプランも持っています。
けれど、その日のダンサーたちの様子や関心によって、
進め方を変えることもあります。

「レッスンプランはもつ。
でも、それを完全に無視する準備もしておく。
ダンサーたちが別のことをしたがることもあるからです。」
これは、何でも自由にするということではありません。
その日の声や反応を受け取りながら、
何が今必要なのかを見て、
進め方を変えるということでした。

また、作品としてまとめていく段階では、
出てきたアイデアを一つずつ試していきます。
全部をそのまま使うわけではありません。
試してみる。
残す。
外す。
もう一度考える。
そうしたことを繰り返していました。

「アイデアがたくさんあるときは、
全部試してみます。
うまくいけば残す。
うまくいかなければ外す。
そのバランスがあります。」

ここで大切なのは、
声を聞くことと、
作品として観客に届く形にすること
の両方です。
ファシリテーターと
ダンサーがいっしょに、
試す。
選ぶ。
組み替える。
考え直す。
そのプロセスそのものが、
作品づくりになっていました。
マグパイダンスでは、
「声を大切にすること」と
「作品として整えること」が分かれていません。
声を聞くこと。
からだで試すこと。
観客に届く形へ変えること。
その全部が、一つの流れとしてつながっていました。

リサーチメモ

マグパイダンスの特徴は、
声を聞くこと
作品へ形にすること
を分けていないところにありました。

声をもちにくい人に目を向けること。
日常の不安や違和感を、
からだの表現に変えていくこと。
安全や尊厳を守ることを、
語るための土台として持つこと。
そのすべてが、
作品の社会的な力につながっていました。

日本でも、
「当事者の声を大切にする」
という言葉はよく使われます。
でも、本当に大切なのは、その先です。
その声が、どのように作品になるのか。
だれが、どのように支えるのか。
そして、だれに向けて、どのような形で届けるのか。
そこまで考える必要があります。

マグパイダンスは、
声を作品にして、
社会へ届けるところまでを、
一つの実践として考えていました

団体リンク
www.magpiedance.org.uk 
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